告白しなければならない、私は生まれつき「善良」のステータスをカンストさせた人間だ
始める前に、まずは自首しておこう。私、Aduは「善良な人」だ。
これは手前味噌な自画自賛ではない。どちらかと言えば、削除不可能な「工場出荷時の設定(初期設定)」のようなものだ。
私のキャラビルド(育成方針)は、生まれつき戦士(ウォリアー)タイプではなく、補助(バッファー)や回復役(ヒーラー)寄りだ。誰かが困っているのを見ると、マウスカーソルが無意識にそちらへ漂い、ヒール(回復魔法)をかけたくなってしまう。衝突に直面した時、私の第一反応は「戦う」ことではなく「防御」だ。対話を試み、道理を説き、相手に理解してもらおうとし、経緯を説明し、共感を求めようとする。
だが、理屈が通じず狂暴化した戦士を前にすると、私は最終的に無力感とともにこう選択してしまう。「まぁいいか、ちょっと我慢すれば過ぎ去るだろう」と。
『葬送のフリーレン』でも言っていた。「勇者ヒンメルならそうした」(謎の引用)。
私はずっと、これが悪いことではないと思っていた。だってRPGでは、勇者のそばにはいつも善良な仲間がいるものだろう?
私はその仲間になりたかった。だが、気づいてしまうのだ。「現実」というゲームには、君のような善良なパートナーなど根本的に不要なのだと。

半分の初期設定:私の善良さは、他人のビュッフェ(食べ放題)になった
半分の私は、世間知らずな「いい人」だ。道理を話せば通じると信じ、一歩譲れば海のように広い空が広がると信じている。だが、もう半分の現実はこうだ。この設定は「オフィス」というPvP(対人戦)マップにおいて、致命的なデバフ(弱体化状態)でしかない。
その善良さは、しばしば「報い」となって返ってくる。特に、理屈が通じず、ただ君をターゲットにしたいだけの連中を相手にする時、君の善良さなど何の役にも立たない。
理性的な対話を試みる君に対し、壊れたレコードのような繰り返し、論点のすり替え、偽の論理、さらには威圧的な態度が飛んでくる。君は泣き寝入りするしかなく、無料のビュッフェのように扱われ、好きなだけ食い物にされるのだ。
彼らのゲームルールは単純だ。声がデカい奴、一番騒ぎ立てる奴が勝つ。誰が責任をなすりつけ、誰が言い逃れするか。ミスが起きても、それは永遠に彼らの責任ではない。。
君の「沈黙」、君の「まぁいいか」は、彼らが君を踏み台にして上へ登るための礎石となる。対話を試みるだって? 彼らは君が話し終わるのさえ待たず、直接遮り、証拠も出せないような戯言で逆に君を責め立てるだろう。

僕はAduの会社と取引があるんだけど、ある時製品に欠陥があって連絡したら、本当にAdu以外の人全員が責任転嫁してたよ(笑)。
もう半分の生存パッチ:あなたの善良さには、少しの鋭利さ(トゲ)が必要だ
私が危うくデータを消して最初からやり直そう(辞職のことだ)としていた時、前職のCEOがくれた一冊の本を思い出した。本のタイトルは至極ストレート、『あなたの善良さには、少しの鋭さ(トゲ)が必要だ』というものだった。
この本は、まるで私のような「善人プレイヤー」のために書かれた専用の生存パッチ(修正プログラム)のようだった。それは悪人になれと教えているのではなく、自分の善良さにいかにして「武器」を装備させるかを教えてくれるものだ。
そのCEOはかつて私にこう言った。「Adu、君の仕事ぶりには何の文句もない。だが、君のその善良さは市場において損をするぞ。君は『価値はあるのに、それに見合った価格を得られない』人間になってしまう」と。
彼は私がこの本を読んだ後、少しばかりの「狼性(ハングリー精神/獰猛さ)」を目覚めさせることを望んでいた。当時の私の心の声(OS)は、「ニャンだって?」だけだったが。

ニャー、君はもうすぐ解脱できそうだね。
他の会社からもオファーが来てるのに、どうして転職を考えないんだい。
なぜなら、彼らと徹底的にやり合う(対決する)ことに決めたからさ。(・∀・)
持つべき「底力(度胸)」を築く
「適度なゼロ・トレランス(不寛容)」を学ぶ: 明らかに君を利用しようとし、尊重しない連中に対して、君の善良さは彼らへの「甘やかし」でしかない。この時、君が出すべきなのは思いやりではなく、君の境界線(ボトムライン)だ。自分の立場を鮮明にし、地面に「通行止め」の旗を突き刺すように、明確に「受け入れない」と表明するのだ。
「先己後人(自分を先に、他人は後に)」は利己的ではない: 冷たく聞こえるかもしれないが、これは飛行機と同じだ。まず自分に酸素マスクをつけて初めて、他人を救う能力が持てる。自分さえろくにケアできず、窒息寸前のお人好しが差し出すものは、善良さではない。むしろこう言える。「君は自分自身に対して酷すぎるだろう」と。

あなたの善良さは、あなたを善く扱う人にだけ残しておけ: この言葉は、私のような「お人好し」の頭をガツンと殴るような一撃だ。私の善良さは、24時間営業・在庫無制限のコンビニであるべきではない。それはミシュラン級の完全予約制コース料理であるべきで、真に尊重を知り、尽くす価値のある人だけに提供されるべきなのだ。
損は損だ、どこに福がある?: この言葉が大好きだ。「損して得取れ(損をするのは得することだ)」なんて言葉で自分を慰めるのはもうやめよう。損をするということは、君のHPが削られ、経験値(EXP)が奪われたということだ。そこに得なんてない、あるのは損・損・損・損・損だけだ。自分が損をしたと認めて初めて、次回どうやって攻撃を避けるかを学べるのだ。

私はまだ学んでいる、「一筋縄ではいかない善人」になる方法を
正直なところ、工場出荷時の設定を変えるのは難しい。
一筋縄ではいかない人になるというより、自分の守り方を知るということだ。半分の私は、依然として衝突の中で無意識に回避行動をとりたがるオタクのままだ。だが、もう半分の私は、今必死にこの「鋭利さ」のパッチをインストールしている。私はまだ学んでいる最中だ。自分の「善人」としてのコアを保ちながら、そのコアにどうやって「トゲ付き」の外殻を装備するかを。
私はまだ、堂々と最初に「言いにくいこと(醜話)」を言う練習をしている。誰かが話を遮った時に、毅然と「最後まで言わせてください」と言う練習をしている。そして、私の善良さを「天性」から一種の「選択」へと変える練習をしている。
この修練の道はまだ長い。だが分かっている。これこそが、このクソゲー(糞Game)の中で唯一自分を守り、人間らしく生きるための方法なのだ。汚濁した環境にいるなら、自分にガスマスクをつけてあげよう。いつも遅刻してくる正義に対しては、拡声器を取り出して自らを守ろう。
そうじゃなきゃ、君も自分に対して酷すぎるだろう。
