レーザー銃もエイリアンとの大戦もない。これは2時間半に及ぶ魂の対話だ
誰もが『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のロッテン・トマトの高スコアや視覚効果の凄さを語り、原作の科学的ディテールが削られすぎているかどうかを議論しているけれど、僕が映画館を出た瞬間に頭を巡っていたのは、そんなことじゃなかった。
約2時間半のこの映画、一瞬たりとも退屈な時間はなかった。けれど、その緊迫感は星間艦隊の撃ち合いや、ヒーローが世界を救うといったお決まりのアクションから来るものじゃない。この映画の核(コア)は、実はとても柔らかいんだ。
僕にとってこれは、地球を救うSF大作というよりは、「二つの見知らぬ魂がいかにして幾多の障害を乗り越え、最終的に心の周波数を合わせるか」を描いたロードムービーだ。ただその道が、広大で果てしなく、そして極めて危険な宇宙空間だったというだけのことだ。

孤独について:記憶を失った宇宙船の中で、僕たちは皆、宇宙の孤児にすぎない
映画の幕開けは非常に重苦しい。ライアン・ゴズリング演じる主人公グレースは、完全に密閉された宇宙船の中で目を覚ます。自分が誰で何をしているのかも分からず、傍らには仲間たちの遺体があるだけだ。
全宇宙から見捨てられたような孤独感が、スクリーン越しにリアルに伝わってくる。主人公は断片的な記憶を頼りに現状を繋ぎ合わせ、絶望を繰り返しながらも、小さな希望を探し求める。ライアン・ゴズリングの演技は文句なしだ。恐怖、崩壊、そして諦めを伴う受容までの過程を、実に深みのある表現で見せてくれた。
ふと思ったんだ。僕たちも時として、自分自身の「ヘイル・メアリー号」の中で目を覚ますことがあるんじゃないかって。現実の生活で、自分の居場所を見失い、日々のプレッシャーに押し潰されそうになり、自分があたかも沈没寸前の孤島のように感じることがある。けれど、この映画が優しいのは、たとえ底知れぬ絶望の中にいても、外の世界へ探索することを諦めなければ、遠くで何か(あるいは誰か)が君と繋がるのを待っていると教えてくれるところなんだ。

星間を越えたジェネレーションギャップ:エイリアンが気遣いで動作を遅くしたとき、自分の知能が侮辱されたように感じる
この映画で一番語りたいのは、間違いなくグレースとエイリアン「ロッキー」との出会いとその後の展開だ。この過程は想像していたような神聖で厳格なものではなく、むしろ思わずニヤリとしてしまうようなユーモアに溢れている。
異なる星系から来た、身体構造も全く異なる二つの種族が、果てしない宇宙で出会う。共通の言語はなく、最初は相手が敵かどうかも分からない。コミュニケーションを築く過程で、滑稽でいてリアリティのある衝突がいくつも起きる。
特に面白いシーンがある。ロッキーが初めてメッセージを伝えるために物を投げたとき、グレースはうっかりそれを受け取り損ねてしまう。するとロッキーは、この「人間」が今度こそちゃんと受け取れるようにと、二回目は意識的に、ものすっっっごくゆっくりと投げたんだ。
その感じは、エイリアン側は「気遣い」のつもりなのに、グレースの目には、相手が自分を「知能の発達が遅れた生き物」として見下しているように映ってしまう。あの「僕はちょっと手元が狂っただけなのに、この宇宙人は僕をバカだと思ってる!」という星間ギャップには、劇場で思わず笑い声を漏らしてしまった。
これは実に皮肉なことだ。現実の生活という、こんなにも安全でコミュニケーションツールが発達した環境の中で、僕たちは目の前に座っている人とさえ上手く話せず、誤解や警戒心に満ちている。それなのにこの映画では、厚い隔壁に隔たれ、無数の滑稽な失敗を繰り返した二つの異種族が、最終的にこれほど深い「心の接触」を実現させてしまうんだ。
これこそが、この映画が伝えようとしているコミュニケーションの真髄(しんずい)なのかもしれない。真の理解というのは、決して一朝一夕に得られるものではない。それは、自分がプライドを捨ててあえて「バカ」になる勇気と、相手が根気強く自分のために「動作を遅くする」優しさがあって、初めて成り立つものだ。一見すると絶望的なギャップだらけの滑稽な衝突や失敗こそが、皮肉にも彼らの武装を解き、互いの魂を真っ直ぐに見つめ合うための最高の触媒(カタリスト)になったのだ。

選択について:偉大だから世界を救うのではない。君がそこにいるからだ
物語の終盤は、もはや恒星の減光という科学的な難題をどう解決するかだけではなく、極めて情緒的な選択を迫られることになる。
主人公はロッキーの母星が危機に直面していると知ったとき、地球へ帰るチャンスをきっぱりと捨てて、未知の深淵へと進路を向けた。これはタイトルである『プロジェクト・ヘイル・メアリー(極限返航)』の真の意味と呼応している。彼の「帰還」とは故郷へ戻ることではなく、広大な宇宙の中で魂の絆を結んだ親友の元へ駆けつけることだったんだ。
この選択に対し、映画は声高な別れのシーンを無理やり押し付けたりはしない。けれど、あの純粋に近い種族を超えた友情を目の当たりにした瞬間、涙を流すこと以上に、「ああ、これこそが魂の重さなんだ」という深い実感が込み上げてきた。彼はヒーローになりたかったわけじゃない。ただ自分に寄り添ってくれた魂を、一人きりで暗闇に立ち向かわせたくなかっただけなんだ。

なら、僕の魂の重さは見えた?
見えたよ。道士を探して成仏させてあげる。
ハードSFの外装を纏いながら、実は「社交疲れ」を癒やす星間ロードムービー
総評として、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の最も魅力的な点は、極めてハードコアな宇宙の災厄を、血の通った物語として描き切ったところにある。
偉そうな理屈を押し付けたり、無理やり泣かせようとしたりもせず、ただ純粋に関係が築かれていく過程を見せてくれる。この映画は極限の環境を通して僕たちに教えてくれる。互いに偏見を捨て、理解し合うために、傍目には滑稽に見える不器用ささえも受け入れる覚悟があれば、星系を越えたギャップでさえ埋めることができるのだと。
メッセージ一通送るのにも深読みしすぎて、「既読スルー」に怯えるようなこの現実社会で、この映画はむしろ一種のオルタナティブな癒やしを与えてくれる。もし最近、周りの人間とのコミュニケーションに疲れ果てているなら、ぜひ映画館で、発声器官さえ異なる二つの種族が、いかに原始的で誠実な方法で宇宙規模の絆を築いたのかを観てほしい。この2時間半の星間旅行、視覚的な衝撃もストーリーも、間違いなく君を虜にするはずだ。ただし、IMAX版を選ぶのを忘れずにね。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』作品情報
作品名: 極限返航 (Project Hail Mary)
原作: 安迪·威爾 (Andy Weir)
主演: 雷恩葛斯林 (Ryan Gosling)
監督: 菲爾·洛德、克里斯多福·米勒 (Phil Lord, Christopher Miller)